先日見た一本のドキュメンタリー番組。
「映像の世紀 バタフライエフェクト 巨大事故 夢と安全のジレンマ」
過去に起こった大事故と、事故を防ぐためにそれらの事故から人類はどのように学んできたのかを映像と共にまとめている。
タイタニック号沈没。
それは船板をつなぎ合わせるリベットの低温脆性による破壊が原因だった。その当時は巨大な鉄板を溶接するだけの技術がまだなく、鉄板はリベットという鉄製の部品でつなぎ合わされていた。
ヒンデンブルク号炎上。
巨大飛行船であるヒンデンブルク号が着陸直前に大炎上を引き起こした。気球の浮力源としてまだ水素が使用されていて、静電気による発火によって水素に引火した。
チャレンジャー号爆発。
スペースシャトルのロケット燃料の漏れを防ぐためにOリングが、低温で機能せず燃料漏れが発生した。
その他にも、1985年の日航機墜落事故、1986年のチェルノブイリ原発事故、そして2011年の福島原発事故などが取り上げられていた。
番組の中で、飛行機事故を経験した元機長の言葉として、次のような言葉が紹介されていた。
「いま、私たちが知るすべての知識や技術、教訓は、どこかで誰かが命を落としたために学ぶことができたものである。
これを未来の世代に伝えていかなければならない」
失敗からいかにして学ぶか。
特にその失敗が「命」に直結するような大事故については、その姿勢が絶対に欠かせないのだろう。そのためにも飛行機にはブラックボックスが搭載され、事故が起こった時になぜそれが起こったのかの手がかりとできるようにしている。
ただ、「失敗からいかにして学ぶか」ということは、人生を生きていく上でも欠かせない姿勢だと私は考えていた。
失敗を振り返り、その経験を次に活かしていくこと。
そのループを愚直に回し続ける。
そのようにして前に、そして上に進んでいくしかない。